大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)6834号 判決 1995年3月28日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

一  請求

被告は、原告に対し、金四億〇四〇〇万円及びこれに対する平成元年三月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対して、被告から借入れて、訴外ディー・エー・ピー・リース株式会社(以下「D社」という。)との間のレバレッジド・リース契約に基づいて、D社に出資した金四億〇四〇〇万円の返還を求めた事案である。

三  基礎となる事実関係

1  原告は、D社との間で、平成元年二月二八日付けで、次のような内容の匿名組合契約を締結した。(甲三、以下「本件契約」という。)

(一) 原告は、D社が営む左記(二)の事業のため金四億〇四〇〇万円を出資することを約し、D社は、事業から生じた利益を原告に分配する。(一条、二条)

(二) D社は、航空機一機を購入して、これをポルトガル航空にリースする事業及び右航空機購入のための借入れその他これに関連する事業を行う。(一条、別紙1)

(三) D社は、原告と平等の条件によって、原告を含む匿名組合員から総計約二〇億円の出資を受け、匿名組合員は、その出資割合に応じて利益の分配を受け、損失を負担する。(三条、五条)

(四) 事業の損益は、基本リース料(ポルトガル航空から支払われるもの)を基本的な収益とし、借入金の利息と減価償却費等を損失とするものであり、契約で定められた一定のネット・キャッシュ・フローに基づいて計算される。(五条、七条、別紙2、別紙3)

(五) 事業期間は、平成元年三月一日から一二年間とし、D社は、年二期の事業期間ごとに事業損益を確定し、これを組合員に帰属させる。(六条、一二条)

(六) 匿名組合員は、当該事業期間中に損失が生じ、その損失が出資金額を超過する場合には、一定の場合に追加出資をする。(八条)

(七) D社は、善管注意義務をもって事業を遂行するが、事業への出資に基づき匿名組合員が得る結果については何らの保証もしない。(九条)

2  D社は、平成元年二月七日、資本金一〇〇万円で設立された、航空機及びその部品のリース業を業とする会社であり、設立に際して発行する株式二〇株のうち一三株を発起人大和ファクター・リース株式会社(以下「大和F社」という。)が引受け、他の発起人六名が一株ずつ引受けるとされている。

3  原告は、被告から、平成元年二月二七日、金四億二〇〇〇万円を、期間二年、利息のみを各月に支払い、二年後に元金を一括弁済するとの約定で借り入れ、内金四億〇四〇〇万円をD社に出資金として支払った。

4  原告は、平成五年三月三〇日差出しの内容証明郵便により、D社に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をしたが、D社からは、原告の解除は契約上・法律上の解除事由に当らず、合意解除の申し入れとしても受けられないとの返答がなされた。そして、原告は、更に、代理人名による同年一〇月二〇日差出しの内容証明郵便により、再度、右出資金の返還を請求した。

四  争点

以上の事実をもとに、原告は、おおむね次のように主張しており、被告は原告の主張を全面的に争っている。よって、本件の争点は、原告の錯誤の有無(本件契約の有効性)と、D社及び大和F社について、それぞれの法人格が否認され、被告が原告のD社に対する出資金の返還義務を負うかどうかである。

1  本件契約は、錯誤により無効である。すなわち、

(一) 出資金名下に支払われた四億〇四〇〇万円が期間満了前に返還されないこともあるということを、原告は契約の当初認識していなかった。

(二) 原告は、契約の相手方は、実際には被告であって、契約名義人となっているD社ではないと思っていた。

(三) いわゆるレバレッジド・リース契約というものは、節税対策のためにあるのであるから、節税の必要がなくなった時点では解約できると思っていた。

(四) 実際に原告の出資金により飛行機が購入されて外国の航空会社に飛行機がリースされていない疑いがある。

右のうち、特に、(一)及び(二)の点において、原告には錯誤があり、原告は、当初支払った四億円が返還されないことがあるなどということは全く予想していないことであった、また、原告は、契約の当事者が大手銀行である被告であるからこそ、被告に対する信頼の下に本件契約をなしたのであって、ペーパーカンパニーであるD社と契約するなどということは何ら考えていなかった。

2  D社は、法人登記こそなされているが、独立した従業員も電話もなく、役員は、大和F社の役員が順番に名前を出している状況であり、独立した実体のない会社であって、法人格否認のケースにそのまま当てはまる会社である。

3  大和F社は、被告の子会社として、ファクタリング部門、リース部門などを有し、事実上被告のリース事業部門ともいえ、役員が被告出身者であることはもちろん、その運営においても、被告の指示にしたがい、また、前面的な被告の資金援助の下に運営されている会社である。このように、大和F社は、被告と支配服従の関係にあるものであり、このような場合も一種の法人格の形骸化であって、「支配あるところに責任あり」として、親会社である被告において責任を取らなければならない場合である。

五  争点に対する判断

1  当裁判所は、本件契約の性質上、D社の法人格は否認することができず、その点において既に原告の請求は理由がないと判断するものである。

2  本件契約について

関係証拠によれば、本件契約については、前記「基礎となる事実関係」に摘示した事実の他、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件契約の内容は、前記「基礎となる事実関係」において摘示したとおりの内容のものであり、いわゆる「レバレッジド・リース契約」(以下「LL契約」という。)といわれる一種の匿名組合契約である。

(二) LL契約において、リース事業者(本件におけるD社)は、航空機を購入し、これを航空会社にリースすることのみを目的とする会社であり、航空機の購入代金の二〇ないし三〇パーセントを匿名組合員から、その余を金融機関から調達して、航空機を購入し、これを航空会社にリースする事業を行うものである。したがって、右事業により、リース事業者を中心として、おおむね別紙のとおりの法律関係が生じることになる。

(三) リース事業者の事業の収益は、事業が円滑に進んでいる場合には一定額の航空会社からのリース料のみであるのに対して、経費は、右借入金の利息と航空機の減価償却費(定率法によると思われる。)が主なものである。したがって、事業開始の当初は、借入金の利息も航空機の減価償却費も多額になるので、損益計算書上は、大きな損失を生じることになる。しかしながら、事業の経過に伴って、右各経費が減少して、事業継続期間の後半には損益計算書上利益を計上できるようになり、予定された事業継続期間の終期には、支払われたリース料の総額と物件の残余価値とにより、投資金を回収して、利潤を生じることになることが予定されているものである。

(四) これを匿名組合員の側からみた場合には、契約期間(事業継続期間)の前半では、リース事業者の右の損失の負担をしなければならないため、匿名組合員の側にも、大きな投資損失が生じることになる。しかし、その後半では、匿名組合員は、利益の分配を受けて、出資金を回収するとともに、出資金に対する利潤を得ることになる。なお、この損失は、法的には契約に基づく追加出資金の払込債務となり、経理処理上は未払金として計上されるが、支払われるリース料によって、借入金の返済がなされ(なお、リース事業者と金融機関との間のローン契約には、いわゆるノンリコース条項が定められていると説明されている。)、その他の経費が賄われている限り、この追加出資金の現実の払込みを求められることはないと思われる。

(五) このように、LL契約では、契約期間の前半に大きな損失が生じることから、この損失によって、匿名組合員の本来の事業による利益を減少させ、法人税等の負担を軽減することができる。他方、契約期間の後半では、利益の分配を受けることから、法人税等の負担は増加することになるが、その間の時間差を利用して、本来早い時期に納付しなければならなかった法人税等の負担を、LL契約を利用することにより数年間繰り延べたのと同様の効果を得ることができる。そして、右の課税の繰り延べの効果を利用して、その資金を事業資金として活用することができるという点に、匿名組合員側のメリットが存在する。

(六) 本件契約より、D社は、本件契約に定めたエアバスA310-304型航空機一機(製造番号四九四)を購入し、ポルトガル国営航空に賃貸されている。また、本件契約に定めたとおり、半年ごとに決算報告書が作成されているが、これによれば、前記認定のとおりの会計処理(営業収益としてリース料収入を計上し、営業費用として減価償却費と支払利息等を計上し、リース料収入をもって長期借入金を返済するとともに、右による損失を匿名組合員に分配する。)が行われていることが窺われる。

3  D社の法的性質について

以上の事実関係に基づいて検討するに、D社は、航空機一機を所有し、これを第三者に賃貸して収益を上げ、長期借入金を返済するとともに、損失を匿名組合員に分配するという経済的活動を行っている。したがって、そこには他と明瞭に区分されて独立した財産と、それによる営業とが存在するということができる。

確かに、原告が主張するように、D社は、資本金も小額で、従業員も物的な意味での事務所も存在せず、役員は親会社たる大和F社の役員が兼務している状態で、会社の組織としては、全くのペーパーカンパニーである。しかしながら、LL契約においては、このようなペーパーカンパニーがリース事業者となることは、法技術的に当初から予定されている事柄であり、前記のような節税効果も、このようなペーパーカンパニーがリース事業者となるからこそ可能となるものである(事業による損失と利益を単一の事業のみを営む事業者に集中しなければ、事業継続期間前半における損失の分配はできないと思われる。また、事業資金の二〇ないし三〇パーセントを負担するにすぎない匿名組合員団が、減価償却による事業損失の一〇〇パーセントを負担することも、右の方法によりはじめて可能になると思われる。)。その意味で、匿名組合員の都合で、D社の法人格を否認することは、LL契約の大前提を揺がすものといわなければならない。

したがって、本件において、D社につき法人格否認の法理を適用することはできない。

4  原告のその他の主張について

以上により、原告の請求が理由のないことは明白である。しかしながら、原告の主張に鑑み、その他の主張についても簡単に裁判所の判断を示すことにする。

(一) 大和F社について

原告の請求は、D社の親会社である大和F社についても、その法人格を否認しなければ理由のないものである。この点に関する原告の主張は、親会社と子会社の関係において、支配服従の関係があれば、法人格否認の法理を適用できるというものである。しかしながら、原告のいうような支配服従の関係は、法人格否認の法理の適用の要件である、法人格の形骸化又は濫用のいずれにも直ちには該当しない。のみならず、大和F社は、相当の資本金を有し、株主も被告だけでなく分散しており、独立した事務所と従業員を擁して、銀行業務とは別の独立した事業を営んでいるものと認められる。

よって、大和F社の法人格を否認することはできない。

(二) 錯誤の主張について

原告は、前記争点に記載のとおり、原告の錯誤について、幾つかの主張をしている。

ところで、甲一五(原告経理部課長竹内幸一の陳述書)によれば、同人は、被告社員(被告の主張によれば、被告池袋支店相談課主任)の村上から、甲一三(シュミレーション表)を示されて、少なくともLL契約による収支関係の説明を受けており、また、甲一(被告国際金融部作成のパンフレット)も受領していることが明らかである。そして、事業経営者、あるいは経理担当者としてのごく一般的な知識をもって、甲一を通続して甲一三をみれば、LL契約が、長期の契約期間による事業の遂行を通じて、課税の繰り延べと出資金に対する利潤を生むものであること、出資金の返還が保証されないこと、匿名組合員の都合による中途解約ができないこと(リース料はもっぱら借入金の返済と匿名組合員への分配に回されるため、リース事業者には解約に応じるための資金の準備がなく、解約による出資金の一括返還は、現実的に困難である。)は、それぞれ容易に理解できるところといわなければならない。

以上のことからすれば、現在の証拠関係からしても、原告に、原告が主張するような錯誤があったとは到底考えられない。また、仮に真実そのような誤解があったとすれば、それは原告代表者の事業経営者としての能力、あるいは経理担当者の担当者としての能力の著しい欠如によるものといわざるを得ず、原告に重大な過失があることが明らかである。

(事業者には事業者なりの能力と理解が要求されるのであって、本件を世事に疎い老人に投資を勧誘したような事案と同一に扱うことはできない。)

なお、匿名組合員において出資金の回収ができない場合とは、リース物件使用者(レッシー)の破産の場合に限られており(航空機の墜落(全損)の場合には保険により、半壊の場合にはレッシーの負担により、中途解約の場合にはレッシーの負担する損害金により匿名組合員に損害が及ばない仕組みになっている。)、レッシーが航空会社であることを考えれば、LL契約は、投資としては安全性の高い部類に属するものということができ、原告が、本件訴訟において出資金が返還されない危険があることを強調するのは、当を得ない主張というべきである。したがって、証券投資や商品投機の事案と異なり、本件においては、右の点を錯誤の内容として重視することはできない。

(三) 本件契約の相手方が被告であると認識していたとの主張について

原告は、本件契約の相手方が被告であると認識していたと主張し、これを錯誤の一内容とするとともに、被告に対する請求の根拠ともしているようである。しかしながら、甲三には、契約の相手方としてD社が明示されているし、甲一五によれば、原告の担当者は、「D社というのは、リース契約のテクニック上登場したただのペーパーカンパニーであると思っていた」というのである(これは、それなりに正しい認識であるといえる。)。のみならず、原告は、被告から出資金を借入れているのであって、これは本件契約の相手方が被告であるとすることと明白に矛盾する事実といわなければならない。そうすると、原告が、本件契約の相手方をD社であると認識していたことは明らかである。原告の主張は、本件契約が、被告及びその系列会社である大和F社の信用に依存していることを言い替えたものにすぎないというべきであり、錯誤の主張は失当である。

六  以上のとおりであって、原告の請求は理由がない。

(裁判官 松本清隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例